ある日の本箱

海外の児童書を中心に読んだ本の感想などを公開しています。

『魔女だったかもしれないわたし』 :魔女の慰霊碑

物語の中で、主人公アディは村の議会に対し、魔女の慰霊碑の建立を働きかけます。

実際にスコットランドでは、魔女の慰霊碑の建立や、迫害を受けた魔女たちへの謝罪が行われているようです。

 

魔女の慰霊碑(Witches Memorial)

https://forwomen.scot/06/03/2022/witches-memorials-in-scotland/

(「For Women Scotland」HP)

 

2020年には、スコットランドスタージョン首相が、かつて「魔女」とされた人たちに対して謝罪しました。

https://www.afpbb.com/articles/-/3395023

(AFP通信ニュースより)

 

魔女狩り」については、女性蔑視や女性差別の視点から語られることも多いですが、著者のマクニコルさんの場合、「魔女狩り」を、広く「ちがい」に対する差別や偏見の視点から取り上げています。

 

さまざまな生き物であふれる海のすばらしさを引き合いに、多様性の尊さを訴えている部分は、とても印象的で心に残ります。

感性豊かなマクニコルさんならではの視点といえるかもしれません。

 

『魔女だったかもしれないわたし』第69回青少年読書感想文全国コンクール課題図書に!

以前ご紹介させていただきました拙訳書『魔女だったかもしれないわたし』が、

今年の読書感想文コンクールの課題図書に選ばれました!

著者マクニコルさんの想いが、たくさんの日本の皆さまの心に届きますように。

さまざまな違いを持った人たちが生きやすい社会に一歩でも近づきますように。

訳書紹介『魔女だったかもしれないわたし』

日本語版とその原書

2022年8月にPHP研究所さんから刊行された小学校高学年向けの読み物です。

自閉スペクトラムの少女が主人公の物語で、著者のエル・マクニコルさん自身も自閉スペクトラムです。

「魔女」というと、今日ではファンタジーの主人公やハロウィンの衣装でおなじみですが、中世ヨーロッパでは、「魔女」とされた人たちは「魔女裁判」にかけられ、命を奪われることもありました。

その「魔女裁判」が自分の暮らす村でも行われていたことを知った主人公は、さらに調べるうちにその「魔女」たちが自分とよく似ていたことに気づきます。

もし「みんなと違う」というだけで罪になるのなら、自分も同じ運命にあっていたかもしれない。しかも、それが決して過去の話ではなく、今も同じような考え方が残っていることに主人公は危機感を覚えます。

「過ちを過ちとして認めないかぎり、また同じ過ちが繰り返されかねない」、そう感じた主人公は魔女の慰霊碑づくりを村の議会に訴えていくのですが……。

自閉を脳の多様性(ニューロダイバーシティ)の視点で描いている点でも画期的な作品で、2021年ウォーターストーンズ児童文学賞、ブルーピーター・ブック賞、2022年シュナイダー・ファミリーブック賞オナーをはじめ、数々の賞を受賞しています。

「多様なものを認め合える世の中であってほしい」そんな著者の熱いメッセージが伝わる作品です。

訳書紹介『HAVE PRIDE 生きる! 愛する! LGBTQ+ の2300年の歴史』

2022年9月に合同出版さんから刊行されたLGBTQ+の歴史の本です。

古代から現代まで、LGBTQ+の人たちが社会の中でどう受け止められてきたか、わかりやすく解説しています。

レインボーカラーを配したポップなデザインで、見ているだけで元気が出ます。また中高生向けの本ということもあり、全体がコンパクトにわかりやすくまとまっているので、LGBTの入門書としてお薦めです。

LGBTQ+の著名人や現代を生きるLGBTQ+の若者の生の声も紹介されていて、LGBTQ+に限らず、自分らしく生きたいと思っている人たちみんなの背中を押してくれる一冊です。

訳書紹介『紛争・迫害の犠牲になる難民の子どもたち』

今年2月に合同出版さんから刊行されたUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の本です。

シリア、南スーダン、中央アメリカの難民の子どもたちの暮らしと、難民になった背景などを、子どもたちの写真や絵と共に紹介しています。

訳出作業を進めていた昨年(2021年)の時点では、日本で難民のニュースが報じられることも少なく、この本が少しでも難民の人たちを身近に感じるきっかけになればと思っていたのですが……その一年後、ウクライナから多くの人々が世界中に逃れ、状況は一変しました。2022年はここ最近でいちばん「難民」という言葉を身近に感じた年だったかもしれません。

この本との出会いや個人的な想いなどを、UNHCRのHPでご紹介させていただいております。

https://www.unhcr.org/jp/46995-ws-220505.html

新しい訳書『ぼくと石の兵士』

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新しい訳書の『ぼくと石の兵士』

作品のイメージにぴったりの絵を描いてくださったのは早川世詩男さん。

カバーと表紙でちがう絵も楽しめて、遊び心いっぱいです。

 

 物語の舞台はイギリスのとある町。主人公のオーエン少年が、公園の石像の兵士に特別な思い入れを抱き、やがてその兵士を守るため、勇気を奮って立ち上がるさまが生き生きと描かれています。オーエンにとって、なぜこの兵士像がそこまで大切なのか? その答えは、ぜひ本を読んでみてください。

 

 この主人公のオーエンという名前ですが、個人的には、イギリスの戦争詩人のウィルフレッド・オーエンから付けられたのでは? と思っています。詩の授業の場面で、戦争詩人のルパート・ブルックが登場しますが、ルパート・ブルックの好戦的な詩に対し、ウィルフレッド・オーエンは反戦的な詩で知られます。戦争がもたらす悲しみを、身をもって知る主人公の名前として、まさにぴったりな気がします。

 ストーリーの中で、オーエンたちも思い思いの詩を披露しますが、ちょっとためらいながらも、自由に詩に取り組む様がとても印象的です。詩というと、なんだか難しそうなイメージがあったのですが、心のハードルが下がった気がします。

 

 心のハードルが下がる、といえば、この作品、読みやすさにこだわった工夫も凝らされています。文字の読み書きに困難を抱えている人でも読みやすいよう、ディスレクシア・フレンドリー書体が使われているのです。ディスレクシアといえば、以前訳させていただいた『ぼくとベルさん』の主人公エディもそうでした。読みたいのに読めない、そんなもどかしさを抱える人が、自由に本の世界を行き来できるよう、後押しする作りになっているのです。

 今回、日本語版でも同じような試みができればということで、本文にUD(ユニバーサル・デザイン)フォントを使用しています。紙も真っ白ではなく黄味がかった色で、読みやすさを意識した作りになっています。

 この『ぼくと石の兵士』、原書は“Owen and the Soldier”というタイトルで、今年初めにイギリスで刊行されました。著者のリサ・トンプソン(Lisa Thompson)さんは、2017年のデビュー以来、独創的な作品を次々に発表されています。『ぼくと石の兵士』のオーエンが家庭の中に困難を抱えていたように、他の作品でも困難を抱えた子どもがよく登場します。その他の作品につきましても、またご紹介していけたらと思います。

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